カビ丸のアブソルもふりたい

アブソルの育成論をメインに、アブソル尽くしで書き連ねていきます

昼下がりの野良試合

 休みの日によく晴れたので、近くの公園まで散歩に出かけた。

 綿雲が散りばめられた薄空の下、すっかり葉を落としたクラボ並木を手持ちのワンパチが短い足で自分の少し先を歩いている。並木道の中程にある脇道を自分が曲がれば、ワンパチも慌てたように後をついてきた。

 細い脇道をしばらく行くと、この公園で一番大きな広場に出る。広場の中央にはバトルコートが整備され、観戦用の木製のベンチがコートを囲うようにまばらに設置されている。ここに来れば大抵誰かしらが野良試合をしているものだ。スタジアムの公式試合も素晴らしいが、ローカルな野良試合も中々に見応えがあるものだから、暇があればつい足を運んでしまう。

 本日も例に漏れずコートに立つトレーナーらしき人物が二人。なんとも幸運な事に、どうやらこれから試合を始めるらしい。自分は少し駆け足になってコートの側のベンチまで行って腰をかける。ついでにワンパチを抱えて脇に座らせた。自分の他にも何人かの観客が同じようにコートの方へ視線を注いでいる。さて、どんな試合になるだろうか。

 

 二人のトレーナーがボールを投げる。一匹はペロリーム、もう一匹は……なんとバンギラスだ。進化レベルやその狂暴性から、バンギラスを従えられるトレーナーは多くない。まさか近所の野良試合でそんなトレーナーの試合を拝めるとは、今日は実に運がいい。

 しかし運はいいと言ったが厄介でもある。二匹が対峙すると同時に、バンギラスの体から大量の砂が噴出し、辺り一帯に砂嵐を呼び起こした。バンギラスの特性“すなおこし”だ。この砂嵐の範囲が存外に広く、このベンチも十分に覆い尽くしてしまう。おかげでザラザラとした砂粒が当たって痛いのだ。自分は持ってきた“ゴーゴーゴーグル”を装着し、ついでにワンパチにも“ぼうじんゴーグル”を着けてあげた。これで痛くない、流石はデボン製。

 さて、試合に戻ろう。バンギラスと相対するのはペロリーム。タイプ相性でいえば、あくタイプのバンギラスに有利を取れる。だが、この対面そのものは有利と言い切れない。バンギラスの強みは圧倒的な破壊力と多彩な技、そして砂嵐下の鉄壁を誇る耐久力。対してペロリームの攻撃性能は決して高くない。フェアリー技を当てても耐えられ、返しの一撃で倒されかねない。試合も始まったばかり、常識的に考えれば、ここは交代するのがセオリーだ。

 そう考えている内に、バンギラスが動き出した。頭が鉄のような灰色を帯びるのが見えたから、恐らく“アイアンヘッド”を繰り出す気だ。

 しかしペロリームの方はボールに戻る気配はない。ならば避けて反撃するつもりかと思ったが、そのままバンギラスアイアンヘッドをくらってしまった。攻撃を受けたペロリームが大きく後ろに飛ばされる。だが、すぐに体勢を立て直し、バンギラスに向かってがむしゃらに体当たりをくらわせた。勿論その程度でバンギラスが倒れるわけがない。相手の攻撃を正面から受けてもビクともせず、お返しと言わんばかりにアイアンヘッドをもう一度くらわせた。

 流石に二度目を耐えられる余裕もなく、ペロリームはダウンした。バンギラス相手にフェアリー技も使わず突っ込むだけとは、あのペロリームのトレーナーはバトルを始めたばかりのタイプ相性も分からない初心者ではないか。もしかしたら今日の試合は外れかもしれない。

 そう思っていたが、ペロリームがボールに戻っていく時、バンギラスの様子がおかしいことに気付いた。どこか疲れているような表情で、なにか大きなダメージでも負っているかのようだ。いったい何が、と思ったがすぐにその理由に気が付いた。

 “がむしゃら”だ。相手の体力を強引に自分と同じ体力に持っていく技。一度目のアイアンヘッドをくらい、体力を削られたペロリームのがむしゃらをくらったのだ。

 一度の試合で使用できる技は4つまでというのが一般的なルールだ。戦略次第では有効打がないことも考えると、あの動きも理解できる。

 しかしそれでも、捨て身とも言える戦略を取るには些か早計ではないだろうか。余程控えのポケモンバンギラスが苦手か、やはり初心者かのどちらかだろう。

 

 トレーナーがボールを投げる。果たして次はどんなポケモンが出てくるかと投げられたボールに意識を向けると、ボールの中からはペロリームが出てきた。

 なるほど、フェアリータイプの攻撃で確実に倒しにかかるということか。

 

 いや待て、ちょっと待て、今何が出てきた?

 

 自分はゴーグルを外して眼を擦り、再びバトルコートを見る。そこにはバンギラスと相対するペロリームが一匹、確かにそこにいた。見間違いではないことに気付き、自分は大きくため息をついた。

 野良試合でたまにいるのだ。複数種のポケモンを育てるだけの環境がないから、同種のポケモンを数だけ揃えて対戦の真似事をする人達が。今回もそれと同じ手合いだろう。バトル観戦は好きだが、素人の遊びを見る程物好きでもない。ならばこの試合は外れだ。自分はベンチから立ち上がり、その場を後にしようとした。

 

 だが、ちょっと待てよ。ふと思い、足を止める。

 

 バンギラスを手持ちにするようなトレーナーが、わざわざそんなトレーナーを相手にバトルをしているのは少し気になる。それにペロリームのトレーナーも決して戦略がないわけではない。なんとなくその辺りが気になって、再びベンチに腰かけた。

 試合は尚も進んでいる。バンギラスが先程と同じようにアイアンヘッドをくらわせようと突進する。対するペロリームアイアンヘッドをくらう直前、綿のようなもので体を覆った。“コットンガード”だ。それにより、纏った綿が緩衝材となり、ダメージを大きく減退させる。それだけではない。攻撃をした側のバンギラスがダメージを負っている。よく目を凝らしてみれば、ペロリームが纏った綿の中に“ゴツゴツメット”の先端が見え隠れしているのが分かった。これでは迂闊に触れる事もできないだろう。

 バンギラスはどう動くだろう。見ればあのバンギラスは“とつげきチョッキ”を身に着けている。攻めるか引くかの選択肢しかない。相手に触れなければダメージは負わないが、有効打がなければコットンガードを起点に更に盤石の体制を整えられかねない。引くにしても同様だ。加えて体力も僅かとなってきたバンギラスを温存させる利はあるのか。

 

 トレーナーの判断は早かった。

 

 バンギラスの頭部が再び鋼の硬度を帯びる。僅かでもダメージを与え、後続に託す手を選んだのだ。しかし相手も抜かりはない。次のアイアンヘッドを食らっても耐えると踏んでいるのだろう。トレーナーの「ねがいごと」という指示と共にペロリームが天に向かって祈り始めた。バンギラスアイアンヘッドペロリームを襲う。しかし綿を纏うペロリームにはさしてダメージをくらうことはない。

 

 そう思っていた。

 

 しかしなんということか、攻撃を受けたペロリームがその場でダウンしてしまった。コットンガードを使用し、余力も十分にあったはずのペロリームが今の一撃で倒れたというのだ。

 

 なんという不運か。

 バンギラスアイアンヘッドペロリームの急所を捉えたのだ。

 全てのポケモンには、必ず弱点となる急所が存在する。そこを突かれれば、どれだけ守りを固めようとも致命傷になり得る。守りを固めた戦略を駆使する以上、避けては通れない弱みであるが、それにしても二撃目で引いてしまうとは、あのトレーナーの不運には同情してしまう。

 これで三対一。バンギラスの方はゴツゴツメットのダメージを受けて尚、ギリギリ立っていられる体力は残ったらしい。

 それにしても、傷つくと分かっていて尚トレーナーの指示に従うあのバンギラスには恐れ入った。あれはトレーナーとポケモン双方の信頼関係がきちんと築けていなければできないものだ。そんなトレーナーとポケモンを相手に、ペロリームのトレーナーはどう対抗するのか。

 三個目のボールから現れたのはやはりペロリーム

 バトルコートに綺麗に着地を決めると同時に、そのペロリームは自身のお腹を叩き始めた。反撃の合図と言わんばかりの太鼓の振動がコート外のこちらにまで伝わってくる。

 バトルに於いて、ペロリームのソレを知らぬトレーナーはいない。“はらだいこ”による攻撃力の最大強化、自ら削った体力を回復するために持つ“オボンのみ”、それを食らい発動するペロリームの特性“かるわざ”。攻撃力と機動力を同時に得るペロリームお得意の戦術。

 だが、警戒されやすい戦術故に、ソレを想定しないトレーナーはいない。それを示すように、相手も既に相応の行動を指示していた。

 ペロリームがオボンのみを食べ終える直後、バンギラスの“ストーンエッジ”がペロリームを襲った。体力も残り僅か、素早く動くこともままならない状況で、最も素早く且つ火力のある攻撃手段。離れた距離でも当たり、威力もあるが、攻撃を躱されやすい欠点がある。しかし、残り一匹と追い詰められたこの状況、逆転の一手として“はらだいこ”を使用する事は想像に難くない。ならばストーンエッジの狙いを定める隙も出てくるはずだ。そして見事にペロリームの体を鋭利な石片が穿ったのだ。

 これは決まったか。そう思わせる一撃が入った直後、ペロリームの頭上から突如光が降り注いだではないか。その光が傷ついたペロリームの体をみるみる内に癒していく。

 “ねがいごと”が叶ったのだ。まさかあのトレーナー、バンギラスストーンエッジが当たる瞬間に回復するようタイミングを合わせたというのか。

 当然それを今確かめる事はできない。だが結果として、万全な状態でバンギラスと対峙するペロリームがそこにいる。ここからは反撃の時間だ。瞬きする間にペロリームバンギラスとの間合いを詰め、“ドレインパンチ”を決めた。

 バンギラスの巨体が大きな音を立てて仰向けに倒れる。

 ボールに戻され、二匹目のポケモンが入ったボールをトレーナーが投げた。未だ止まぬ砂嵐の中をボールが弧線を描く。

 

 そして開かれたボールの中から現れたのは……バンギラスだった。

 

 三匹のペロリームに対し二匹目のバンギラス。最早疑いようもない。彼らはあえて同じ種類のポケモンだけでバトルをしているのだ。ポケモン一種類をとっても戦略は様々あれど、それをパーティという単位まで落とし込むなど狂気の沙汰だ。常人でそこまでやるものなどいない。故にこそ、この試合がどのような結末を迎えるか、それを想像するだけで自分の心臓が五月蠅い程悲鳴を上げる。

 しかし狂気の沙汰と言ったが、更に狂気じみた光景が目の前にある事に気付いた。たった今現れたバンギラスの体の色が本来の緑色ではなく麴色であることだ。そう、所謂色違いのポケモンという、非常に珍しい個体だ。ただでさえ二匹、いやそれ以上のバンギラスを従えているだけでも稀なのに、あまつさえ色違いまで手持ちにしているのだ。最早ドン引きである。

 しかもこの色違い、収まりつつあった砂嵐を再び巻き起こしたのだが、その砂色が色違いの体色と親和性が高く、保護色のようにバンギラスの姿を捉えづらくしていた。まさかそんな視覚効果も加味してわざわざ色違いを手に入れたりしていないだろうか。もしそうだとしても最早驚くまい。

 ペロリームが動き出す。“かるわざ”のおかげで、目にもとまらぬ速さでバンギラスに接近する。いくら砂が保護色となろうともペロリームの前では無意味だ。ペロリームの嗅覚は人の1億倍以上とも言われる。その嗅覚で周囲の状況を正確に把握できる力があり、それがある以上、ペロリームから逃れる事はできない。ドレインパンチの魔の手がバンギラスに襲い掛かる。

 

 そのはずだった。

 

 ペロリームの攻撃はバンギラスの横数センチ、ギリギリの所で空を切った。そして攻撃が外れたその一瞬を逃すはずがない。直後にバンギラスの体から“でんじは”が放たれ、ペロリームの体を包み込んだ。

 いったい何が起こったのか。ペロリームの動きに迷いはなかった。あのまま行けば確実にバンギラスドレインパンチを食らわせるだろうと、ギャラリーである自分から見ても、そう確信できるものだった。何故その攻撃が外れてしまったのか、その疑問はコートから漂ってくる奇妙な匂いで理解した。

 お香だ。香りで相手を惑わせ命中率を下げる“のんきのおこう”をあのバンギラスが持っているのだ。嗅覚が特別に良いペロリームには最適な手段といえる。しかしなんとまあ、ピンポイントに対策をしているものだ。

 とはいえ、それも何度も上手くいくものではない。マヒ状態とはいえ、“かるわざ”が発動しているペロリームはまだまだ素早い。バンギラスよりも先に動き、再び放ったドレインパンチは今度こそバンギラスの体を捉えた。

 “はらだいこ”による攻撃力強化の乗った強烈な一撃。道具の力がなければ耐えることは不可能だ。巨体が音を立てて地に着く。二匹目のバンギラスも撃破。それと同時にドレインパンチにより、ペロリームの体力も万全の状態となっている。

 先程まで三対一だったのに、気が付けばラスト一体同士。そして追い詰められているのは恐らくバンギラスの方だ。

 三匹目のバンギラスが姿を現す。すかさずペロリームドレインパンチバンギラスを捉えた。これで耐える手段がなければゲームセット、ペロリームの勝利となるが……。

 攻撃を受けたバンギラスが動く。耐えた。耐えている。

 

 ハラハラとバンギラスの体から赤い布のようなものが散っていくのがぼんやりと見えた。やはりこの事態を想定して“きあいのタスキ”を持っていたらしい。そうして耐えきったバンギラスが“りゅうのまい”を舞い始める。攻撃と素早さを同時に上げる技。ここで二匹目のバンギラスが“でんじは”を選択した理由も頷ける。中途半端な攻撃ではドレインパンチで回復されてしまう。ならばマヒと“りゅうのまい”でペロリームより先に動き、一撃で決めようという魂胆か。

 試合も大詰め。次の一撃で全てが決まる。

 バンギラスの尾が“アイアンテール”を放つために鋼を帯びる。ペロリームは“ドレインパンチ”を放つため、拳を構える。両者一斉に動き出し、バンギラスの尾が、ペロリームの拳が、敵を倒さんがために振り下ろされる。

 大きな打撃音が周囲一帯に響き渡った。

 

 果たして勝者はどちらか。

 

 僅かな静寂の後、緑の巨体がその場に崩れ落ちた。倒れたのはバンギラスだ。

 最後の最後で不運に見舞われたのはバンギラスだったか。

 アイアンテールは威力は高いものの命中精度の悪い技だ。両者の状況を鑑みてもバンギラスの方が素早く動けたはずだ。ならばバンギラスの攻撃が外れ、ペロリームドレインパンチが決まったと考えるのが普通だ。

 しかしその考えは間違っていた事に自分はすぐに思い知ることになる。

 試合が終わり、砂嵐が晴れる。悪かった視界が開けてようやく、自分は“ソレ”に気が付いた。バンギラス側のコートに奇妙な網状のものがへばりついている。

 もしやこれは“ねばねばネット”ではないか。場に出てきた相手の脚に絡まり、素早さを下げる設置型の技だ。本来ねばねばネットの色は真白であるはずだが、バンギラスの砂がかなり付着して薄茶色をしている。付着具合から見てもかなり初めの方から設置されていたのだろう。それが砂が付着した事により、カモフラージュとなって今まで気がつかなかったのだ。それは恐らくバンギラスのトレーナーも。

 なんにせよ、バンギラスアイアンテールを外すどころか、攻撃をするよりも前に、ペロリームドレインパンチを食らってしまったというのがこの試合の結末だ。相手に悟らせぬ序盤の一手が全てを決したのだ。

 

 試合が終わり、両トレーナーが握手を交わす。二人のトレーナーとそのポケモンの健闘を称え、周囲からは拍手が起こる。自分も素晴らしい試合を見せてくれた両者へ感謝の拍手を送った。

 

 するとペロリームのトレーナーが何故か自分の方に近づき、声をかけてきた。いったい何事かと思っていると、どうやら自分以外の周囲のギャラリーは今回の試合のような、同種ポケモンのみでバトルするルール(その人は“種族統一”と呼んでいた)で戦う同士らしく、見かけない顔がいたので気になって声をかけてきたのだという。

 最初は試合の感想などを軽く話をしたりしていたのだが、途中から“試合を一から見てくれていたのだから興味があるのではないか”、“君も種族統一をやってみないか”と、半ば勧誘のようになってきた所で、自分はワンパチを抱きかかえて適当なタイミングで一言礼を言うと、足早にその場を後にした。

 

 試合は確かに面白かった。しかし申し訳ないが自分は観る専なのだ。それとあのトレーナーの勧誘から言い知れぬ圧力を感じ、少々怖くなった。

 気持ちを紛らわせるために、抱きかかえているワンパチを撫でる。

 

 ふわふわとした心地よい体毛に混じり、バンギラスの砂が少しざらついていた。